2015/02/16(月)17年前の思い出

2015/02/16 20:54

おっさんライオンズファンであるところの私は、1985年の日本シリーズはあまり触れて欲しくない記憶になっています。同じようにライオンズが悪役にされ、見事に敗れ去った日本シリーズに1998年のベイスターズとのシリーズがありました。しかし、こちらはそのような嫌な思い出にはなっていません。

1998年の日本シリーズは、第3戦から第5戦の西武ドーム(名前だけドームに変わっていたものの、まだ柱だけで屋根がかかっていなかった頃です)に観にいきました。確かハマスタでも1試合中止、西武ドームでも1試合中止だったので、木、金、土だったと思います。当時は大学生なので時間に自由はきいたのですが、それでも平日の二日間は授業をサボらずに球場に行くため、行きは新幹線を使う必死ぶりでした。今考えるととても真面目な学生でしたねw

その日本シリーズはホーム球場なのに明らかにベイスターズファンのほうが多く、最終的な結果が2勝4敗で敗れているということもあって、こちらもショックを受けてもおかしくないところではあるのですが、そういう結果にはなっていません。

なぜかと考えてみると、あのシリーズで一番ショックだったのって、第1戦でシリーズの流れを持っていってしまった石井琢の脚でもないし、打ちに打ちまくった鈴木尚のバッティングでもないし、攻略の糸口すらつかめなかった斎藤隆でもないんですよね。2連敗のあと2連勝して星を五分に戻し、「明日一気に王手をかけるぞ!」とテンションが上がる中、勝利監督インタビューで「明日はお待ちかねの横田が先発します」と言い放った東尾。これ以上のトラウマがあるでしょうか。誰も待ってねーよ!

というわけで、最大の敵は指揮官だった、というお話でした。