2005/01/05(水)第31回積読消化運動
「人間は考えるFになる」読了。
土屋賢二と森博嗣のズレっぷりが激しくて、とても楽しい対談でした。その中で特に印象に残ったのは、森博嗣の次のような言葉です。
そのとおりです。ミステリィファンというのはミステリィの九割が嫌いな人たちのことです。ミステリィファンに限って「こんなのミステリィじゃない」と言う。「うるさがた」という形容が適当だと思います。
土屋賢二、森博嗣『人間は考えるFになる』
名言だ!
思い返してみると、今までミスヲタからミステリーを勧められたことはほとんどありませんでした。逆に私が誰か別のミスヲタに作品を勧めたこともありません。無用な宗教戦争の原因になるかもしれないからです。
しかし、私がミスヲタであることを知っている非ミスヲタの友人が、自分の好きなミステリーを私に勧めてくることは頻繁にあります。特に多いのは、西尾維新の作品とか、「ひぐらしのなく頃に」*1とか。好きな方には申し訳ありませんが、もううんざりです。はっきり言って、どこが面白いミステリーなのかさっぱり分からない。どれだけ世間で好評であろうと、私は「こんなのミステリーじゃない! ノックスの十戒を100回読み直してこい!」という感想しか持てません。
もちろん、西尾作品はライトノベルとしては傑作だと思いますし*2、ひぐらしのなく頃には良くできたホラーだとは思います。あくまでも、私のミステリー観と照らし合わせた場合、ミステリーとして評価するに値しないと言っているだけです*3。もっとも、西尾維新は「分かっていて書いている」ように見えますし*4、竜騎士07さんも「ひぐらしはミステリーではない」という逃げを打っていますから、そもそもこれらをミステリーとして語ること自体が妥当ではないのかもしれませんが。
人間は、自分の好きなものに対してはどこまでも狭量になれる生き物です。「あんなの○○じゃない」なんて言葉はどこの世界でも耳にします。「あんなのプログラミング言語じゃない」「あんなのゲームじゃない」「あんなのガンダムじゃない」……と、何を当てはめても使えるじゃないですか。コアになればなるほど、その分野に対する許容範囲は狭まっていくものなのです。
要領を得ない文章になってしまいましたが、要するにライトなファン、あるいはファンではない人がコアなファンに物を勧める時は、充分に気をつけましょうねということで*5。下手すりゃ勧めた方も勧められた方も不快な思いをするだけですから。
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