2007/05/18(金)2007-05-18
明日5時起きだということをすっかり忘れて遊びほうけてしまいました。でも楽しかったんだもーん。
コメントをたくさんいただいていますが、レスは明日にさせてください。申し訳ありません。
2007/05/17(木)次回予告
というわけで、予告とは違う内容でしたが、第6回「田中幸雄」をお送りしました。本当は余裕があれば東京ドームに行きたかったのですが、仕事でそれが叶わぬと分かり、その悔しさを叩きつけるように昼休みにガリガリ書いていました。その時点では今日達成できるかどうかも分からなかったのにねぇw
次回はもともと第6回の予定だった「西武ライオンズ助っ人野手列伝(前編)」の予定です。お楽しみに。
2007/05/17(木)第6回『田中幸雄』
1985年のドラフト3位で日本ハムに入団した田中が、最初に話題になったのはその名前でした。「田中」という苗字も「幸雄」という名前も、取り立てて珍しいものではありません。しかし、逆に珍しくないが故に話題になってしまったのです。
当時の日本ハムには、先発とリリーフをどちらもこなし、1985年6月9日にノーヒットノーランを達成した、身長190センチと大柄なピッチャーが在籍していました。彼の名前は「田中幸雄」。そう、田中は同姓同名の選手と同じチームに在籍することになったのです。
もっとも、投手と内野手というポジションの違いから、実況中継で両者を混同するようなこともなく、スコアボードの表記も投手を「田中幸」、内野手を「田中雄」とすることで区別することができました。ちなみに、チームメイトの間では身長190センチの投手を「オオユキ」、184センチの内野手を「コユキ」という愛称で呼んでおり、この愛称はファンの間にも広まっていきました。そして、現在でも広く使われています。
さて、田中はルーキーイヤーから一軍に昇格し、2打席目にプロ初アーチを放っています。その後も着実に成長を続け、3年目以降はレギュラーとして定着。主軸打者として活躍を始めました。1995年には80打点で初芝清、イチローと並んで打点王を獲得。その後も毎年安定した成績を残し、パ・リーグを代表するショートに成長しました。
ところで、田中といえば「パワフルなバッティング」というイメージを持っている方が多いでしょうし、実際、成績にもそれが表れているのですが、実は守りの方も堅実でした。1995年6月7日から9月21日にかけて、339守備機会連続無失策のパ・リーグ遊撃手記録を達成しています。この記録は12年が過ぎた今でも破られていません。
また、意外なところでは、史上6人しか成し遂げていない「全打順本塁打」という記録も持っています。珍記録の類ではあるのですが、クリーンアップを任される長打力があり、上位打線を任される脚がある選手にしか達成できない記録ですから、なかなか価値のある記録だと思います。
さて、田中に転機が訪れたのは2003年、トレイ・ヒルマンの監督就任でした。ヒルマン監督は若手を重視した采配を振るったため、田中の出場機会は激減。故障の影響もあり、年々成績を下げていってしまうことになります。そんな田中に対し、球団は移籍の希望があればトレードに出すと打診したものの、田中は生涯ファイターズを宣言して残留しました。コユキさんカッコいい。
2004年に球団が北海道に移転してからの田中は、主に右の代打の切り札的なポジションで働くことになりました。また、若手の多いチームにあって、精神的な支柱でもありました。温厚な性格で知られる田中ですから、若手の良き相談役になったことでしょう。明るいキャラクターでチームを引っ張った新庄剛志とも、背中でチームを引っ張った小笠原道大とも違う形で田中がチームを支えたからこそ、2006年の日本一があったのだと思います。
しかし、田中自身としてはレギュラーを剥奪されたわけで、当然打席数が少なくなっているため、残りわずかとなった2000本安打への道のりもなかなか前進することができません。それでも、20年目のシーズンとなる2006年を終えて通算安打を1982とすると、2007年はスタメンに座る機会も増え、着実にヒットを積み重ねていきます。そして今日、2007年5月17日。
8番ファーストで先発出場した田中は、第2打席、外角のストレートを逆らわずにライト前にはじき返し、史上35人目となる2000本安打を達成しました。場所はかつてのホームグラウンドである東京ドームです。札幌のファンは地元で決めてもらいたかったでしょうが、田中がもっとも長い時間を過ごした東京ドームでの記録達成ということで、これはこれでとても綺麗な形で収まったのではないかと思います。
日本ハムが後楽園から東京ドームに移った時、そこにはオレンジのユニフォームの田中の姿がありました。1990年代前半、大沢親分がファイターズ旋風を巻き起こした時、そこには縦縞ユニフォームの田中の姿がありました。そして2006年、44年ぶり2回目の日本一を果たした時、そこにも田中の姿がありました。田中幸雄といえば日本ハムファイターズ、日本ハムファイターズといえば田中幸雄。彼はまさしく日本ハムの顔であり、歴史でした。そして、これからもそうあり続けるでしょう。
2000本安打おめでとう、ミスターファイターズ。
□ 略歴
1967年12月14日生。宮崎県出身。右投右打。内野手・外野手。
都城高-日本ハムファイターズ(1986年-)。
【打撃成績】 G AVG HIT HR RBI SB -------------------------------------------------- 1986 日本ハム 14 .148 4 1 4 0 1987 日本ハム 112 .203 66 9 33 1 1988 日本ハム 130 .277 141 16 57 1 1989 日本ハム 130 .247 106 7 43 7 1990 日本ハム 130 .287 129 18 52 4 1991 日本ハム 130 .241 109 13 62 3 1992 日本ハム 1 ---- 0 0 0 1 1993 日本ハム 128 .253 120 12 63 5 1994 日本ハム 130 .286 148 27 87 2 1995 日本ハム 130 .291 142 25 80 1 1996 日本ハム 130 .277 142 22 82 3 1997 日本ハム 133 .254 137 19 63 1 1998 日本ハム 107 .274 115 24 63 2 1999 日本ハム 131 .270 137 23 74 2 2000 日本ハム 97 .256 84 15 46 1 2001 日本ハム 139 .255 125 20 77 2 2002 日本ハム 132 .278 130 17 53 0 2003 日本ハム 78 .275 66 9 32 3 2004 日本ハム 35 .253 20 0 10 0 2005 日本ハム 98 .237 46 5 22 0 2006 日本ハム 58 .174 15 0 4 1 2007 日本ハム 32 .230 20 4 13 0 -------------------------------------------------- 2205 .263 2002 286 1020 40 (※2007年の成績は5月17日現在)
- 打点王:1995年
- ベストナイン:1988年、1990年、1995年、1996年
- ゴールデングラブ:1988年、1990年、1991年、1995年、1996年
2007/05/16(水)連敗ストップ(はてなプロ野球’07)
【ロッテ vs 西武 第10回戦】 (2007年5月16日:千葉マリンスタジアム) 西武 1 0 0 0 3 0 0 4 0 8 ロッテ 0 1 1 0 0 1 0 0 0 3 [勝] 岸 4勝1敗0S [敗] 小野 2勝3敗0S [本塁打] 3回裏 福浦 1号 ソロ (岸) 8回表 細川 3号 3ラン (小野)
初回、カブレラのタイムリーでライオンズが1点を先制しますが、先発の岸が2、3回に1点ずつ失い、あっさりと逆転を許してしまいます。連敗中は打線がなかなか繋がらなかったライオンズですが、5回は相手の2つのエラーにも付け込んで3点を挙げて逆転。さらに8回には細川のホームランなどで4点を追加して試合を決めました。
ところでその細川のホームラン、実は2アウト二塁からリーファーが敬遠された後に飛び出しています。これってマリーンズベンチの采配ミスと言えるんじゃないかな。開幕直後の魔法が切れたリーファーと、今当たりに当たっている細川を天秤にかけて、どうして細川勝負になるのか理解できません……。
ともあれ、これで連敗をストップさせることができました。明日の予告先発はグラマン。前回のホークス戦では、疲れの見えた6回まではいいピッチングをしていたので、その調子を維持していることを期待しています。
2007/05/15(火)4戦連続1点差負け(はてなプロ野球’07)
【ロッテ vs 西武 第9回戦】 (2007年5月15日:千葉マリンスタジアム) 西武 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 ロッテ 2 0 0 0 0 0 0 0 x 2 [勝] 成瀬 4勝0敗0S [S] 小林雅 1勝1敗10S [敗] 涌井 6勝2敗0S [キモティー] 2回表 G.G.佐藤 11号 ソロ (成瀬)
確かに成瀬の調子は良かったと思います。ただ、手も足も出なかったかというと、そうでもなかった。ライオンズが先頭バッターを出塁させたのは1回、2回、3回、7回、9回と、実に5イニングもありました*1。そのうち、得点に結びついたのは2回のG.G.佐藤のホームランだけです。
一方のマリーンズ打線は、逆に初回のチャンスをきっちりモノにしました。初回、先頭の西岡がツーベースで出塁し、早川のライトフライの間に三進。その後、クリーンアップの3連打で2点を挙げました。結果的にはこれが決勝点となり、ライオンズは4連敗。その間、全て1点差負けという噛みあわせの悪いチーム状態ですが、今は耐える時期ですね……。
*1:9回は成瀬ではなく小林雅でしたが。