2005/10/20(木)第2回『白いボールのファンタジー』

2005/10/20 24:52

セ・リーグのチームのファンの方にお聞きします。あなたはセ・リーグの連盟歌「六つの星」をワンフレーズでも歌うことができますか? おそらく、ほとんどの方が「NO」と答えると思います。

今度はパ・リーグのチームのファンの方にお聞きします。あなたはパ・リーグの連盟歌「白いボールのファンタジー」を歌うことができますか? 一部分だけでも良いというのであれば、多くの方が「YES」と答えることでしょう。パ・リーグファンにとって、白いボールのファンタジーは単なるお飾りの連盟歌ではないのです。

さて、この白いボールのファンタジーという曲は、実は一般公募から生まれた作品です。1977年、パ・リーグの募集に対し、5825通の作品が応募されました。その中から最優秀作に選ばれたのが、嶋田富士彦氏の「白いボールのファンタジー」でした。JASRACと喧嘩をする気はないので歌詞の掲載は控えますが、スポーツの曲にありがちな「戦い」だの「勝利」だのといった勇ましい詞ではなく、ファンの視点からのプロ野球、ファンの視点からの野球観戦を描いた歌詞になっています。

翌1978年、審査委員長を務めた中村八大が曲をつけ、トランザムが歌ったレコードが制作されました。このレコードは非売品で、5000枚が関係者にのみ配布されたそうです。これだけ聞くと、なぜこの曲が広まっっていったのか不思議に思うかもしれませんが、こんな状況でもこの曲がファンの間に浸透したのは、毎試合前に球場で流されているという理由が大きいでしょう。球場のゲートをくぐると聴こえてくる白いボールのファンタジー。この曲は球場という非日常空間へ来たことを実感させてくれる曲でした。

もちろん、触れる機会が多ければそれだけで愛されるというわけではありません。やはりこの曲に大きな魅力があったからこそ、多くの人に愛されたのです。その魅力として、中村八大の親しみやすいメロディや、前述したファンの視点に立った歌詞という点が挙げられますが、私は「我らの我らのパシフィックリーグ」というフレーズが含まれているのが大きいのではないかと思います。

パ・リーグのチームのファンには、リーグ自体を愛している救い難い連中が、私を含めたくさんいます。そういう人種は、オールスターをお遊びの試合だとは思っていません。また、日本シリーズでは、たとえ贔屓球団が絡んでいなくても、パ・リーグのチームを真剣に応援します。特定球団のファンである前に、パシフィックリーグのファンなのです。そういう人種からが「我らの我らのパシフィックリーグ」というフレーズに胸ときめかないはずがありません。

さて、もともと多くのパ・リーグファンに親しまれていたこの曲が、さらに多くのファンに知られるきっかけになったのは2004年の近鉄・オリックス合併騒動でした。

合併が発表された時、当然多くのファンが反対の声を上げました。しかし悲しいことに、各球団、それも近鉄・オリックス以外の球団までもが、そのファンの声を排除しようとしました。「無視」ではありません。「排除」です。球場で「合併反対」の声を上げる人は係員に制止され、場合によっては球場から追い出されました。また、想いを綴った横断幕を掲げることも許されませんでした。

そこでファンはこの曲を演奏し、歌い続けました。あるいは試合前に、あるいはイニングの合間に、あるいは試合終了後に。その演奏に、歌声に、合併反対、一リーグ反対という強い意志が込められているのは明らかですが、球団としてはまさか連盟歌を歌うのを止めるわけにはいきません。この流れは急速に広まり、合併反対のイベントなどでプロテストソングのように歌われるようになり、普段パ・リーグの試合を観ない層にまで認知されることになりました。ただ、これだけまったりとした野球観戦の様子を描いた曲が、経営者側との戦いの曲として広まったのは皮肉なものですが……。

知名度が高まると、それを手に入れたいという要求の声が強くなるのは当然の流れです。この流れを受けて、2004年9月、ビクターからシングルCDとして再リリースされ、初めて一般家庭にこの曲が届くことになりました。発売直後にはオリコンデイリーチャート16位、ウィークリーチャート41位を記録するなど、売れ行きは好調だったようです。また、選手会によって12球団の選手が歌うバージョンも作成され、大阪ドームなどで無料配布されました。お持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。

結局、残念ながら合併を阻止することはできませんでしたが、この曲が役目を終えたわけではありません。合併問題でクローズアップされたのは事実ですが、もともとはパ・リーグの連盟歌であり、野球の面白さ、観戦の楽しさを表現した曲なのですから。合併前の時間に時計の針を戻すことはできませんが、いつの日か、近鉄ファンが、オリックスファンが、この曲を笑顔で歌える日が来ることを祈っています。

□ データ